大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)92号 判決

原告 三晃金属工業株式会社

被告 国分嘉一郎 外一名

主文

特許庁が昭和五五年審判第一八八一九号事件について、昭和五八年二月二五日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告ら

「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「屈曲状金属板」とする特許第九二〇五六六号「昭和四八年八月二七日特許出願、昭和五三年一月一〇日出願公告、同年八月二二日設定登録、以下これを「本件特許」といい、この発明を「本件発明」という。)の特許権者であるが、被告両名は、昭和五五年八月二二日本件特許の無効審判を請求した。特許庁はこれを同年審判第一八八一九号事件として審理した上昭和五八年二月二五日「本件特許を無効とする。」との審決をし、その謄本は同年五月七日原告に送達された。

二  本件発明の特許請求の範囲

底部1から両側を傾斜状2とし、その上端を外側に山状3とした金属板の底部を横方向に、上面か或は下面に突条4を屈曲すると同時にその両傾斜部と傾斜部2上端の山状3の外辺には、上方に行くに従つて順次小さくなり、上端で消滅する外側または内側に突出する錐状突条5、6を連続または適宜間隔に長手方向に直交して形成することによつて、長手方向を適宜に屈曲したことを特徴とした屈曲金属板

三  審決の理由

別紙審決書の理由欄のとおり

四  審決の取消事由

審決は、次の理由により違法であるから取消されるべきである。

1  被告国分嘉一郎の審判請求の利益について

審判請求人の一人である被告国分嘉一郎は、審決が認定するとおり、本件特許の無効審判を請求するについて法律上の利害関係を有しない者であるから、同人の無効審判請求は不適法として却下すべきである。しかるに、審決は同被告につき右法律上の利害関係を有しないと認定しながら、同被告の審判請求を却下することなく本件特許を無効としたのであるから、違法として取消を免れない。

2  特許法一三四条一項違反について

(一) 特許法一三四条一項によれば、審判長は審判請求事件の請求書の副本を被請求人に送達し、答弁書を提出する機会を与えなければならないとされているが、これは訴訟手続に類似した当事者対立構造をとる審判手続において、被請求人の防禦権を確保する趣旨の規定と解される。そうだとすれば、同条にいわゆる「請求書」は必ずしも形式的な「審判請求書」に限らず、「弁駁書」の如きものであつても、審決に重大な影響を及ぼす主張、証拠が開陳されている以上、実質的に審判請求書の一部と解すべきであり、これを被請求人に送達して答弁の機会を与えなければならない。

(二) 被告ら審判請求人は、本件審判手続において、審判事件弁駁書(第二回、昭和五七年二月一七日付)をもつて、本件発明の進歩性の有無に関する証拠である甲第六号証(本訴における甲第五号証)及び被告多鹿友久が審判請求につき利害関係を有することの証拠である甲第九号証(本訴における甲第六号証)を提出すると共にこれに関する主張をしたものであり、これ以前に提出された審判請求書等には、右証拠及びこれに関する主張は記載されていない。ところが、特許庁は、右審判事件弁駁書(第二回)の副本を原告に速やかに送達せず、本件審決書と同時に送達した。

(三) 本件審判手続における前記甲第六号証及び第九号証は、いずれも審決の理由中に引用され本件特許を無効とする旨の審決の判断に重大な影響を及ぼしたものである。しかして前記弁駁書の副本が本件審決書と同時に送達されたため、原告はこれに対する答弁書を提出する機会を奪われた。よつて、審決は特許法一三四条一項の規定に違反してされた違法のものである。

第三請求の原因に対する被告らの認否及び主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

同四の1のうち被告国分嘉一郎が審決認定のとおり本件特許の無効審判の請求について法律上の利害関係を有しないことは認める。同2の事実は争う。ただし、審判事件弁駁書(第二回)以前に提出した審判請求書等に甲第六、第九号証(本訴における甲第五、第六号証)が添付されておらずこれに関する主張が記載されていないことは認める。

二  特許法一三四条一項によれば、審判長は審判の請求があつたときは、請求書の副本を被請求人に送達し、答弁書を提出する機会を与えなければならないが、請求書の副本が送達され又は答弁書が提出された後に提出された書面についてまでその送達又は送付をしなければならないものではない。このような場合の書面の送達又は送付は、審判長の裁量に委ねられているものである。従つて、審決に特許法一三四条一項に定める手続の違反はない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで審決の取消事由について検討する。

1  被告国分嘉一郎の関係について

被告国分嘉一郎が審決認定のとおり本件特許の無効審判を請求するについて法律上の利害関係を有しないことは当事者間に争いがない。しかるに、審決が右のとおり認定しながら、同人の審判請求を却下することなく、本件特許を無効としたものであることは、前叙のとおり当事者間に争いがない。

よつて、被告国分嘉一郎の関係において審決は違法として取消を免れない。

2  特許法一三四条一項違反の点について

特許法一三四条一項は、「審判長は、審判の請求があつたときは、請求書の副本を被請求人に送達し、相当の期間を指定して、答弁書を提出する機会を与えなければならない。」と規定するが、この規定の趣旨は、被請求人に対し請求書の内容を告知し、これに対する意見の陳述、証拠の提出等防禦の機会を与えると共に、審判に誤りのないことを期することにあると解される。従つて、請求書の副本が被請求人に送達され又は被請求人から答弁書が提出されていても、その後請求人から新たな証拠又はこれに関する意見を記載した書面が提出され、この証拠又は意見が審決の判断に影響を及ぼすものである場合には、右書面は、たとい「弁駁書」などと表示されたものであつても、審判請求の理由を補充するもの、すなわち請求書の一部をなすものとして、その副本を被請求人に送達し、これに対する意見の陳述、証拠の提出等防禦の機会を与えなければならないものと解すべきである。

これを本件についてみるに、成立に争いのない甲第五ないし第八号証によると、被告ら審判請求人は、審判請求をした約一年半後である昭和五七年二月一九日「審判事件弁駁書(第二回)」と題する書面を提出したが、この書面には、本件発明の進歩性に関する証拠として甲第六号証(本訴における甲第五号証)を引用の上これに関する意見が記載され、また被告多鹿友久が審判の請求につき利害関係がある旨の証拠として甲第九号証(本訴における甲第六号証)を引用の上これに関する意見が記載され、かつこれには右各証拠が添付されていること、特許庁は昭和五八年五月七日右「審判事件弁駁書(第二回)」と題する書面の副本を審決謄本と同時に原告に送達したことが認められ、右書面の提出前に提出された審判請求書等には右各証拠が添付されておらずこれに関する主張が記載されていないことは当事者間に争いがない。

しかして審決において、前記甲第九号証(本訴における甲第六号証)は被告多鹿友久が審判の請求について法律上の利害関係を有する旨の判断の資料となり、また前記甲第六号証(本訴における甲第五号証)は他の証拠と相まつて、本件発明の進歩性を否定する判断の資料となつたものであることは前掲審決の理由に照らして明らかである。

そうすると前記「審判事件弁駁書(第二回)」は、審判請求の理由を補充する書面として被請求人たる原告にその副本が適法に送達され、これに対する意見の陳述、証拠の提出等防禦の機会が与えられなければならないところ、これがなされなかつたのであるから、審決は被告多鹿友久の関係においても特許法一三四条一項の規定に違反してなされた違法なものとして取消を免れない。

三  よつて、被告両名に対し審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求をいずれも正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 瀧川叡一 牧野利秋 清野寛甫)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例